選手以外にもこの試合を最後に引退した人がいます。
それが球審を務めた清水幹裕(つねひろ)さん。
東大野球部出身の清水さんは、弁護士の仕事をしながら
41年間も東京六大学や春夏の甲子園の審判を勤め続けられてきました。
小学生の頃から甲子園に高校野球を観に行ってきたオイラにとって、
スコアボードに『清水幹』という審判名は見慣れたもので、
初めてスコアボードのその名前を見つけてから20年ほど経った今でも、
現役の審判員を勤められているなんて驚き以外の何物でもありません。
高校時代に甲子園観戦した時につけていたスコアブックにも…
1991年4月2日 宇都宮学園(現文芸星大付)対市川の試合

1塁塁審を勤められていました。

「弁護士は駆け引きが仕事だが、審判は純粋にボールに集中する。審判の方が楽しい」
のコメントにあるように、心の底から審判員としてグラウンドに立つことを楽しんでいたんですね。
審判としての野球人生は終わりかもしれませんが、まだまだ野球に関わっていってほしい人材です。
学生野球に大きな貢献をされてきた清水さん、お疲れ様でした!!


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これからも後輩に審判として、大切な「心」を伝えて行きたいと思います。
まさかご本人からコメントをいただけるとは思いませんでした。
大変恐縮しております。。。
日本の野球界の発展のため、今後ともご尽力いただきたいと思います。
直接球場でお名前を拝見することはないかもしれませんが応援してます!!
どうもありがとうございました。